mclean-chanceの「Love Cry」

はてなダイアリーで長年書いてきたブログを移籍させました。生暖かく見守りくださいませ。

地獄の音楽です(笑)。

Chet BakerChet Baker Sings and Plays』(Pacific Jazz)

 


Personnel;

Chet Baker(tp,vo), Russ Freeman(p, arrenger), Carson Smith or Red Mitchell(b), Bob Neel(drms),


Bud Shank(fl), Corky Hale(harp)

and Strings


Johnny Mandel, Marty Paich, Frank Campo(arrenger)

 

 

recorded at Capitol Studios, Hollywood, CA in February 28 and March 7, 1955

 

 

 

『レッツ・ゲット・ロスト』というドキュメンタリー映画をご存知だろうか?

 


チェット・ベイカーの晩年の様子を撮影したドキュメンタリー映画なのですが、撮影途中でチェットがアムステルダムの二階の自宅から転落死。してしまい、えいがのラストもそこで終わるというもののですが(現在、日本版のDVDは出ていないのですが、輸入版がAmazonで購入できます。英語の字幕をつければわかるという方はチャレンジしてみてください)、そこに写っているチェットは、完全に死神です(笑)。

 


恐らくは、長年の麻薬中毒のせいで、肉体に相当なダメージがあるのだと思いますが、その尋常ではない風貌は、若い頃のハンサムな姿は想像することなど全くできないのですが、しかし、その死神は、エラく女性にモテモテなのです。

 

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晩年のチェット。老人を通り越して、疫病神です。。


なぜそんな人間が?という疑問は、ドキュメンタリー映画を見ていただくとよくわかります。

 


さて、前置きが長くなりましたが、本作は人気絶頂期のチェットの録音でありまして(あの帝王マイルスよりもアメリカでは人気があったんです)、まさしく、絶頂期の演奏と言っていいでしょう。

 

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若い頃のチェット。

 


チェットは一時期、日本ではとても軽く見られていましたが(ウェストコーストの白人ジャズ全体がそう見られていたフシがありますけど)、現在はそういう偏見もないでしょうから、是非CDなり、レコードなりで聴いてもらいたいのですが、一見、軽やかなアレンジに乗っかっているようなチェットのラッパとヴォーカルは、よくよく聴きますと、相当に危険と言いますか、麻薬的な世界に引き摺り込まれる感覚があります。

 


私は麻薬は嗜みませんが(笑)、明らかにチェットの持っている資質は、背徳的な世界だと思います。

 


それが、彼の華麗なテクニックによって、若い頃の演奏には見えてこないところがあります。

 


しかし、晩年のチェット(と言っても50代なので、まだ若いんですが、風貌は老人です)の演奏は、麻薬の支払いが滞った事が原因で売人たちに襲撃されて、前歯を失ってしまうという、トランペッタとしては致命的な大怪我をしてしまい、前歯は差し歯にして演奏するようになるんですが、かつてのような華麗なテクニックが失われてしまいます。

 


しかし、彼が本来持っていた凄みが剥き出しになって現れてきまして、出来不出来はあるのですが、すごい時の演奏はちょっとコワイくらいにすごいんですね。

 


で、その凄みは実は、もうこの1955年の録音にもすでに入っていることが改めて遡って聴いてみるとよくわかるんですよね。

 


このアルバムを出した、ロサンジェレスのレーベル、「パシフィック・ジャズ」は、不健康なイメージのあるモダンジャズ(実際、アルコールや麻薬の依存症の人が多かったので、イメージ悪いのは当然なのですが)を健康的なイメージで売っていこうとしていたようで、ジャケットでチェットをヨットに乗せてみたりしているんですが(あと、黒人=ダーティ、白人=クリーンという悪しきステロタイプを悪用している気がします)、実際のパシフィック・ジャズ所属のジャズメンである、チェットやアート・ペパー、ジェリー・マリガンなどは、みんなジャンキーでした。

 

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アルトサックスの名手であったペパーは、麻薬の不法所持で、1960年代を刑務所で過ごす事となりました。

 


この「健全路線」がなぜか上手くいきまして、ウェストコースト勢は一時期大変よく売れたようで、そのトップがチェット・ベイカーでした。

 


日本のジャズファンは、モダンジャズからシリアスなものを受け取りたいという欲求がありまして、そういうチャラい売れ方をしてしまったチェットは、不当に低い評価を下されていたんですね。

 


ジャズがシリアスだったのは、ジャズを俯瞰するとむしろ例外的なのですが。

 


決して技巧的に上手いとは言えない、少々薄気味悪いともいえるチェットのヴォーカルは、不思議なことに、チェットのトランペットと同じ、麻薬的な背徳感があってハマると魅力的です。

 


「You Don’t Know What Love is」の魂を吸い取られてしまうような歌声はまさに死神です(笑)。

 


晩年のチェットのヴォーカルは、相変わらず上手くなってはいないのですが、不思議と味わいが濃くなっていて、説得力は若い頃よりも遥かにすごいです。

 


晩年のチェットの凄さを知りたい方はは、クリスクロスというドイツのレーベルから出ている『Chet’s Choice』というドラムの入っていない、変則的な編成のトリオの録音をオススメしておきます。

 


チェットを聴くと、ジャズという音楽の底知れない地獄が見えてくるんですね。コワイのですが、抜け出すことのできない魅力なのです。

 

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