後藤雅洋『一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)
1967年、すなわち、ジョン・コルトレインが亡くなった年から営業している、最早都内でも最古参のジャズ喫茶の1つとなった四谷「いーぐる」の店長にして、屈指のジャズの論客である、後藤雅洋氏の新著。
『一生モノ〜』と題した著作はすでに存在し、そこでもヴォーカルアルバムは紹介されているが、本著はタイトル通り、ヴォーカルに特化した、コレまでの氏の著作としても珍しい著作となった。
ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルド、メル・トーメといった、私たちのよく知っているジャズヴォーカルの名盤も紹介されているのだか、本作のユニークさはそこにはとどまらず、スティーリー・ダンやカーリー・サイモン、果てはポール・マカートニー、レディ・ガガまでもが紹介されいるところ。
ジャズであろうと、ソウル、ロックであろうと、ヴォーカルというのは、歌っているという事自体は全く同じであり、そこがジャズとそれ以外のジャンルを横断しやすい(而してそれは得体の知れないものにもなり得る)という点に氏は注目したラインナップになっている。
既に、これまでの著作でも、スティングやジョニ・ミッチェル、ブリジット・フォンテーヌのアルバムを「ジャズアルバム」として紹介してきた氏の考えを更に推し進めたのが本著で、実に楽しく読んだ。
美空ひばりやザ・ピーナッツリンゴ・スターまでもが登場するバラエティの広さは、ジャンルについての固定観念の強い人には外道扱いであろうが、いろんなジャンルの音楽を縦横無尽に楽しむ人々にとっては愉快極まりないラインナップである。
私もそれなりにジャズは聴いてきたつもりだが、ここに紹介されているアルバムの半分も聴いていないのでありました。
とりわけ氏が強調するのは、近年のジャズアルバムにおけるインストとヴォーカルのフラットさであり、それがまたしても周辺音楽を貪欲に取り込んでいき、またしてもそれがジャズを変貌させていくという、ジャズが本然的に持ち合わせている性格が、ヴォーカルに注目しているとハッキリと見えてくる事である。
現在のジャズの動向を知る上でも、過去の巨人たちの明唱を聴く上でも大変有益な好著。