Herbie Hancock 『Thrust』(SONY MUSIC ENTERTAINMENT)
Personnel;
Bennie Maupin(ss, ts, saxello, b-cl, alto flute),
Herbie Hancock(el-p, p, clavinet, synths),
Paul Jackson(el-b),
Mike Clark(drms),
Bill Summers(drms)
recorded at Wally Heider Studios, San Francisco, in August 1974
未だに現役で活躍する、ハービー・ハンコック。
ハービー・ハンコックは未だに現役のジャズの「最後の巨人」の数少ない1人ですが、マイルス・デイヴィスのもとを離れて独立してからのしばらくは、かなりのスランプに陥っていたことは有名です。
まあ、マイルスのもとでアレだけの事を成し遂げてしまっては、次やることが迷走してしまうのも仕方がないでしょう(ショーターも、かなり長い間スランプであったことを伝記で告白している)。
ハンコックのスランプは、ショーターと比べると比較的短かったですが、その新しい方向性、すなわち、ヘッドハンターズの結成は、正直いうと、ジャズファンの多くは困惑したのではないでしょうか。
ご存知の通り、アルバム『ヘッドハンターズ』はジャズとしては桁外れな売り上げ(Billboard 200で最高位13位!)、コンサートも満員でした。
これに匹敵するのは、ショーターが参加していたウェザーリポートくらいであろうが、エレクトリック・サウンドをふんだんに導入し、ファンクを基調とした音楽性は、良くも悪くも真面目な日本のジャズファン(私ですね・笑)は、そこに日和見主義を感じ取っていたのではなかろうか?
かくいう私も70年代のハンコックは、正直そんなに愛聴してこなかったのだが、このアルバムとこの後に出される『洪水』を聴いて、これが大いなる偏見であることを痛感せざるを得なかったのでした!
反省しきりである。。
ハンコックは、ジャズ史的に言えば、短期間マイルスのコンボに在籍していたピアニスト、ビル・エヴァンスの方法論をいち早く明晰で非常にわかりやすい形で提示した、恐らくは最初期のピアニストであり、であるがゆえに、マイルスは、マイルスを起用したわけで、その成果は、マイルスの60年代のリーダー作、および、ハンコックのリーダー作やブルーノートに多数録音されたサイドメンとしての非常に多くの演奏を聴けば、納得でしょう。
彼のマイルスの音楽への深い理解がなければ(マイルス自叙伝を読んでも、ハンコックへの不満が見当たらない)、60年代の第2期黄金クインテットはなかったであろうが、ピアニストとして非常に卓越した才能を持っているのと同じくらいに、ハンコックの才能は、「サウンドクリエイター」にありました。
その証拠に、ハンコックには、ピアニストにして珍しく、ピアノ・トリオやソロ・ピアノ作品がほとんどないですね。
サウンドクリエイターとしての才能が遺憾なく発揮された60年代の作品、「スピーク・ライク・ア・チャイルド」は、モーダルでドビュッシー、というか、ギル・エヴァンスを思わせる美しい作品で、60年代の彼の最高傑作です。
そんな彼が次に情惹かれていったのが、エレクトリック・サウンドであったのは、時代を読む能力に長けているハンコックにとっては当然の流れであったが、60年代末〜70年代初頭のハンコックのアルバムは、意気込みがからわまりしていて、迷走している感が非常に強いですね。
スランプを抜け出して、エレクトリック・サウンドをファンクとうまく結びつけて、非常にポップな形で提示することで、バカ売れした、『ヘッドハンターズ』は、今の耳にも面白くあるし、ブラックミュージック好きでコレを聴いて何も感じない人はないであろうが、ジャズという観点からしてみると、今の耳では、少々飽きてくるのもまた事実。
しかし、本作は明らかに『ヘッドハンターズ』よりもクオリティが格段に上がっているんですね。
キーボードの音色の選択のセンス、アレンジ、そして、ハンコック自身の演奏、どれを取っても、明らかに著しく進歩が見られます。
バンドのメンバーも、ハンコックの意図をシッカリと理解し、アンサンブルとして最上レベルです。
それにしてもハンコックのバッキングのうまさはなんだろうか。
メンバーは誰もかれも芸達者であるけども、ハンコックは役者が一枚も二枚も上手です。
ソロを取り出すと、バンドが俄然輝きますね。
ファンクは基本モノリズムだけども、ハンコックはポリリズムのファンク。
この辺りが、東京ザヴィヌルバッハにかなり影響を与えたと思われ、本作でのハンコックの演奏は、とりわけ初期の東京ザヴィヌスバッハの坪口昌恭が強い影響
を受けたと想像できます。
昨今、ロバート・グラスパーを中心としてジャズシーンが注目を集めているが、このあたりからもう一度見つめ直してみるのもいいのではないだろうか。