Mats Gustafssson + Otomo Yoshihide duo『Timing』(doubt music)
Mats Gustafsson(bs, flutephone, live electronics),
Otomo Yoshihide(turntables, g, banjo)
recorded at GOK SOUND, Kichijoji, Tokyo, in June 4, 2018
吉祥寺のスタジオ「GOKサウンド」で、2018年に観客を入れてライヴ録音された音源を大友良英が自らミックス作業を行って2020年に出されたアルバム。
ライナーノートにあるように、新型コロナウィルスの流行で、ライヴの仕事が尽くキャンセルとなり、自宅にいる事になった時にパソコンを探っていたら、放置されてた音源を思い出し、初めて自分でマスタリングしたアルバムとの事。
ジャズではなく、完全な即興音楽ですけども、この2人、ONJOとして一緒に録音したり、The Thingに大友がゲストに参加したりと、実はジャズを演奏する者同士でもあるんですね。
バリトン・サックスをはじめ、さまざまな楽曲を演奏するマツ・グスタフソン。その風貌通りの精悍でぶっとい音の演奏が度肝を抜きます。
いまや、国民的作曲家としての知名度の方が高くなってしまった大友良英。しかし、即興やノイズは未だに演奏し続けています。
即興音楽は一括りにされてますけども、そのルーツとしているものは決して一つではなく、意外と多様なのですが、ジャズはそのルーツの一つと言ってよいと思います。
即興音楽にジャズ(とりわけモダンジャズ)いうルーツがなかったら、即興音楽自体がかなり違っていたでしょう。
本作の二人の演奏は、ジャズっぽさなど微塵もなく、完全に即興音楽という分脈には則ったものですが、この二人の即興に臨む姿勢や出てくる音には、些かも枯れたり成熟というものがないですね。
即興演奏の技術それは時代の熟練度は相当なものである事は、このジャンルにそれほど精通しているわけでもない私にもわかりますが、それが音楽的な円熟とかそういう事にはほぼ貢献しているようには聴こえないです。
ただ、圧倒的な音な音がそれぞれ潔いタイミングで実に過不足なく放たれるのが聴いていて清々しいんです。
一般的な意味での音楽的な音ではないのかもしれませんけども、音楽的な意味に絡め取られがちな音がまるでない演奏なので、そういう余計な文脈に絡め取られる事がなく、音が出ている事それ自体の気持ちよさのみに浸っている感じなのがとても好ましいです。
こういう音楽を聴いていると、音楽というものを成立させている最低限度の要素って一体なのだろう?という、極めて根本的な問いが浮かんできますけども、喜怒哀楽というエモーションに訴えかけてくるものは実は全くいらないんですね、コレが(笑)。
まあ、あってもいいわけですし、ほとんどの音楽というのは、そういいものなのだと思うのですが、取り除いて見た時、音楽として聴いて感銘があるのかないのか?という事を言ってるんですけども、コレがなんとあるんですよ、驚くことに。
そこに気がつけるのかどうか。は、即興音楽というものを聴いてみようと思うのかどうかの結構大きな分岐点でして、それをジャズに引き寄せてみますと、では、チャーリー・パーカーの演奏って、どういうエモーションに結びつくんですか?という事なんですよ。
私、パーカーは散々聴いてますけども、未だに謎ですよ(笑)。
彼のソロには喜怒哀楽というものに安易に還元できるものとは思えないですね。
あるいは、モンクはどうでしょうね。
宇宙からのメッセージの可能性は否定できませんが(笑)、コレもどういう感情や感覚を表現したものなのか、一言で言えそうもないですけども、出ている音は恐ろしく力強く、具体的です。
そんな2人からグルーヴを取ってもまだ音楽なのでしょうか?と大胆にも考えてみると、コレが是であると。
で、音階もなくていいし。と、ドンドン音楽を成り立たせている要素を無くしていくんですね。
なんだか、エラく痩せ細っていくような感じですけども、即興音楽というのは、ものすごく自由なんだ。という事の真逆をやっています。
むしろ、縛りが厳しい。
ですから、カルロス・サンタナの泣きのギターとかサンボーンのコブシの効きまくったアルトサックスのような、自然なエモーションの発露としての音楽からは最も遠い音楽であり、それは敷居は低いとも言えませんし、万人にウケるという要素がモダンジャズよりもないですよね。
しかし、先程のような事をアタマで考えるのではなく、演奏行為として具体的に追求している人が世界には間違いなくおりまして、この二人はその世界的な名手です。
あるジャンルを理解したければ、トップを理解するに限る。というのは至言でして、それは即興にも当てはまり、このジャンルがちんぷんかんな方は、この2人の演奏を聴いてみるのもいいでしょう。
優れた即興演奏は、ぐちゃぐちゃになる事がなく、音のヌケがよいです。
そこが気持ちいいと思えるかどうですね。
音それ自体の快楽あると言う事に気がつくがどうかであり、優れた即興演奏はそれが間違いなくあります。
本作はまさに音の快楽のツボを見事に押してくれる痛快なアルバムだと思うのですが、皆さんはどう感じますでしょうか。