mclean-chanceの「Love Cry」

はてなダイアリーで長年書いてきたブログを移籍させました。生暖かく見守りくださいませ。

私にとってキース・ジャレットはジャズ界の異端児です。

Keith Jarrett『Still Live』(ECM)


Personnel;

Keith Jerrett(p),

Gary Peacock(b),

Jack DeJohnette(drms)

 

recorded at Philharmonic Hall, Munich, Germany in July 13, 1986

 


1980年代に入って、『Standard vol.1』に始まる、いわゆる、「スタンダード・トリオ」の活動が始まるのですが、コレがソロピアノと並び、キースのほぼ唯一の活動となるとは、思いもしなかったのではないでしょうか。

 

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キースは2018年の2度の脳梗塞の発作による後遺症で、演奏活動はできなくなったようです。。


それはギャリー・ピーコックの死とキースの病気による演奏活動の継続が困難となるという事態が相次ぐまで、このトリオは続いていたわけですが(キースは2017年に演奏活動の中断を宣言してましたから、コレが事実上のトリオの活動中止と見ていいのかもしれません)、結果として、キースのキャリアで最も長く継続した活動は、このトリオであり、その結果として、最早、キースは「スタンダードトリオとソロの人」と認識されても、間違いではない事になってしまい、キースがスタンダード・トリオを始めたという事の衝撃が最早わからなくなってしまっている事に軽く驚いています。

 

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2020年に惜しくも亡くなった、ギャリー・ピーコック。アルバート・アイラーとも共演歴があるベイシストでした。


60-70年代のキースの活動というのは、果たして1人のジャズピアニストがやっている事なのか?と思えるほどに多岐にわたっていて、出すアルバムは多かれ少なかれ、ジャズファンに衝撃を与え、そのたびに賛否両論が巻き起こる、大変な異端児だったような気がします。


そんな彼がジャズのスタンダード曲ばかりを演奏するというのは、それこそ、現代音楽の作曲家ピエール・ブーレーズが、突然、ハイドン交響曲を指揮したレコードを出すような衝撃で(ブーレーズも作曲家ではなく、クラシックの指揮者の方がはるかに長い人として2016年に亡くなりました)、しかも、そのスタンダード解釈は他の追随を許さない、斬新なものでした。


本作はスタンダードトリオのライヴ盤の2作目で、LPでも2枚組で発売された大作です(CDはBillie’s Bounceが追加されています)。


普通、スタンダード集を出すというのは、表向きは「スタンダードへの新たな解釈をしたくて出した」という事になりますけども、既に、スタンダード曲というのは、名だたる巨人たちの演奏が死ぬほど積み重なっているのであり、新しい解釈やよほどの名演でないと、もう聴く側は面白いと思えないんものです。


また、保守的なファン層に安全安心を与えるためのスタンダード集。というかなり後向きな理由も、スタンダード集というものにはある気がしますが、本作が与えるのはそういう意味での安心安全は皆無でして、これまでの彼の活動で見せていた、キースのあらゆるスタイルがすべて注ぎ込まれた、全くの「キース・ジャレットの世界」であり、むしろ、不穏ですらあります(笑)。

 

「枯葉」や「The Song is You」、CDになって追加された「Billie's Bounce」にまだこんな新しい解釈があり得たのか。という事実を示した事は驚異という他ありません。


それがライヴという、逃げ場のない形で提示されており、ミュンヘン・フィルの本拠地。という音響的にも大変優れた環境で、ジャズとは思えないほどのタップリした残響が入った録音も含めてのキース美が堪能できる傑作です。


しかし、この「キース美」が実はクセモノでして、ココに拒否反応を示す人が少なくない事も事実です。


キースの芸風はともすると、その圧倒的な没入的な叙情性(民族音楽やゴスペル、更にはオーネット・コールマンセシル・テイラーのようなフリージャズまでもが同居するようが異様な幅広さを持ったテクニックも含めて)が溢れすぎていたり、謎の民族音楽のようなものを多重録音したりと、どこかイキすぎてしまいがちで、私もそういうものは余り付き合いたくない方なのですけども、それが表現と合致した時に大変な名演を生み出す人です。


その彼の溢れ出る得体の知れないパワーを制御する装置こそがスタンダードであり、このトリオ編成なのだと思うのです。


もともと、ギャリー・ピーコックのリーダー作『Tales of Another 』でこのトリオは出会っておりますし、キースとジャック・ディジョネットは、チャールズ・ロイドやマイルス・デイヴィスのコンボで共演していたので(忘れがちですが、キースはマイルスと共演していたのですぞ)、気心は知れていたわけです。

 

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今やLiving Legendである、ジャック・ディジョネット。今も現役で活動中です。


そんな凄腕の3人の濃密なコンビネーションによって生み出される演奏は桁外れな水準であり、ジャズ初心者には、実はわかりにくいかもしれません。


今もってこの頃のスタンダードトリオの水準はこのようなオーセンティックなスタイルのジャズの最高峰であり、今後もコレを超える事は困難でしょう。


キースのスタンダードトリオの良さがわかってくると、ジャズファンも中級者になったものと考えていいと思います。


決して気安く聴けるアルバムではありませんが、大変な歯応えのある作品であり、挑む価値が十分にあります。


個人的には、本作をもってこのトリオはスパッと解散していたら、伝説になったのでは。と思ったりもするのですが。。


個人的には、キースはずっとジャズにおける異端児でいてほしく、「巨匠」にはなってほしくなかったですね。


まあ、贅沢すぎる願望なのかもしれません。

 

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余りにも長すぎたスタンダードトリオは功罪ともにあると思います。