Tal Farlow『Tal』(verve)
Personnel;
Tal Farlow(g), Eddie Costa(p), Vinnie Burke(b)
recorded in New York, March, 1956
現在のジャズを聴いている人には、「ジャズギターというのは、実はとても地味ない世界なのですよ」というと、ほとんどの人は信じられないと思います。
というのも、パット・メスィーニ、ジョン・スコフィールド、ビル・フリゼールという、現在のジャズギターを確立したであろう、3人の後のギターの隆盛、もしくは、フュージョンにおけるギターの大活躍(年齢を感じますなあ)を見るだに、それは信じ難いでしょう。
では、それ以前は?と考えると、著名なジャズギタリストは極端に少ないのではないでしょうか。
モダンジャズに限って言えば、ウェス・モンゴメリーとケニー・バレル、ジョー・パス、そして、1990年代くらいから再評価された、グランド・グリーンくらいしか思いつかないのではないでしょうか。
戦前だと、チャーリー・クリスチャン以外を思いつくのはなかなか困難です。
というのも、戦前はアンプがなく、すべて生音で演奏していたんです。
ですので、ギターは、管楽器やドラムに音が負けてしまいます。
ましてや、戦前のジャズのメインはビックバンドですから、ギターは目立ちません。
録音では、ギターよりもバンジョーが重宝されてました。
1920年代のビックバンドはバンジョーの録音がとても多いですね。
なぜかというと、生音がデカいんですよ、バンジョーって(笑)
で、その役割は、録音ではドラムが盛大に叩けないので、その代わりにベイスとともにリズムを刻む事が求められ、ソロを取る事は少ないです。
よく、ピアノ、ギター、ベイス、ドラムスを「リズムセクション」と呼びますが、バンジョーに求められているのは、リズム楽器です。
バンジョーは西アフリカの伝統楽器、ンゴニが元になっていると言われますが、実はンゴニもリズムを刻むのが主要のものであるようで、現在の西アフリカのミュージシャンが自在にソロを弾きこなすようになったのは、比較的新しい事のようなんです。
録音技術の向上によって、ベイスの音がよく録れるようになるにつれて、バンジョーはギターに変わっていくのですが、やっぱり役割の基本はリズムを刻む事であり、ソロが与えられる事は、少なくとも録音では少ないです。
生演奏でも、そんなに長いソロがあったとは考え難いです。
エリントンのオーケストラでも、長年在籍していた、フレッド・ガイには、脱退するまでほとんどソロはないですし、ガイが脱退してから、オーケストラにギタリストはもう補充されませんでした。
逆にカウント・ベイシー・オーケストラのように、ひたすらリズムを刻む事でオーケストラの最重要メンバーとなっていたフレディ・グリーンという稀有な例はあります。
という事で、かようにジャズにおけるギターの役割は地味でした。
コレをソロ楽器に突然飛躍させたのが、先ほど出てきたチャーリー・クリスチャンでして、彼は何をしたのかといいますと、アンプでギターの音を増幅しましたて、あたかも管楽器のように長くソロを取り始めたんです。
夭折の天才、チャーリー・クリスチャン。
しかも、その元祖にして、いきなりとてつもなくクリエイティブなソロを取りまして、聴き手もジャズミュージシャンたちも驚嘆したんです。
クリスチャンは20代の若さで夭折してしまい、後のジャズギタリストのようにリーダー作を多く作ることがなかったのですが、彼の所属したベニー・グッドマン楽団やその選抜メンバーによる録音が残されていて、コレによってその驚異的な腕前はむしろ死後に知られるようになりました。
コレと、スモールコンボによって、コード進行に基づくアドリブソロをふんだんに取ることに主眼を置いたビバップが1940年代に勃興すると、ギターは次第にソロ楽器としても認識されるようになったんです。
しかし、それでもジャズギターはミュージシャンの個性を出しやすい、サキソフォン奏者のようには増えませんでした。
というのも、ジャズギターはアンプでただ音を増幅しただけであり、ギターの演奏の個性はギタリストの演奏のみにかかっていたんですね。
エフェクターもペダルも何もないんですよ、なぜか。
よって、ケニー・バレルのような独自のブルージーなサウンドのある人、あるいは、驚異的なテクニックがあるにも関わらず、その演奏は極めてグルーヴィであった、ウェス・モンゴメリーのような、傑出した存在だけがジャス界にいるという感じになります。
で、ジャズ初心者にとって、ジャズギターは選択肢はめちゃくちゃ少なく、私も結局、ウェス・モンゴメリーが初めて購入したジャズギターなのでした(笑)
なので、白人ギターの世界というのは、更に渋い世界でなかなか手が出ないんです。
やはり、時代的にはメスィーニやスコフィールドという、ロック以降の世代を聴いたしまうんわけですね。
で、それもある程度まで行った先に見えてくるのが、ジム・ホールであり、その彼の前の世代になる、タル・ファーロウなんです(ようやく出てきました・笑)。
タル・ファーロウ。手がめちゃデカいです!
タルは大変な名手ですが、そんな彼でも激闘の1960年代は事実上引退状態で音楽の仕事をしてなかったそうです。
タルの凄さはボンヤリ聴いていると単にスムーズに弾いているだけに聞こえるかもしれませんが、実は一音一音がものすごく強いですね。
コレはこの世代のジャズギタリストに共通してますけども、弦高がものすごく高く、要するに、弦がビンビンに張ってあるんです。
ビンビンという事は具体的にいうと、音を鳴らすための指の力が必要という事なんです。
ジャズはフレージングが速い曲が多いですから、淀みなく聴こえるという事は、それだけ相当な力で弾いているという事ですね。
しかも音は力強いかつ均一であり、非常に正確です。
コレを更にものすごいテクニックにしたのが、パット・マルティーノですが、こういうギターの元祖が、このタルなんです。
このパキッとした音で淡々と何でもないように弾き続けているところに、彼の魅力がありますが、コレがジャズ初心者にはなかなか気づきませんし、伝わりにくいですよね。。
彼の音の強さはソロでもわかりますが、実は、リズムでもわかります。
タルのソロが終わると、次はエディ・コスタのピアノソロになりますが、それとともに、常に「シャッ、シャッ」というリズムが聴こえてくるのが分かると思います。
私、コレを最初に聞いた時、「アレッ、コレはタルがまさかハイハットでも演奏しているのか?」と、とんだ聞き間違いをしてしまったんです(笑)
しかし、そう聞き間違えてしまうほど、タルのギターの刻みの音がデカいんですね。
もしかすると、この音を効果的に演奏に出したいので、ドラムズを入れない編成にしているのかもしれません。
コレは並のギタリストではできない事でして、驚異的な事です。
B面の最初の曲「イエスタデイズ」は全体の演奏の白眉だと思いますが、原曲のスローテンポなど一切無視して、猛然とものすごいBPMで演奏しますが、まるで山下洋輔にでもなったかのような、エディ・コスタのピアノの乱れ打ちが入るテーマの弾き方が実に面白く、このアレンジはエディ・コスタが咄嗟にやった事なのでしょうか。
ヴィヴラフォン奏者でもある、エディ・コスタ。
この打楽器のようなピアノの上で如何にも涼しい顔でギターを弾きまくるタルが実に素晴らしいんですね。
と、このように書いてもタルの魅力をどれくらい伝えたのか、心許ないのですが(笑)、こういう地味な味わいもまたジャズの密かな愉しみとしてある事を知っておくのも損ではないと思います。