mclean-chanceの「Love Cry」

はてなダイアリーで長年書いてきたブログを移籍させました。生暖かく見守りくださいませ。

チャールズ・ミンガスの傑作です!

Charles Mingus『Pre-Bird』(mercury)

 


Personnel;

【May 24, 1960 Sessions】(trk 4,8)

 

Marcus Belgrave, Hobert Dotson, Clark Terry, Ted Curson, Richard Williams(tp),

Slide Hampton, Charles Greenlee, Eddie Bert, Jimmy Knepper(tb), Don Butterfield(tuba),

Eric Dolphy(as,fl,bcl), John La Porta(as,cl),

Yusuf Lateef, William Baron Jr., Joe Farrell(ts), Danny Bank(bs),

Harry Shulman(oboe), Robert Di Domenica(fl),

Charles McCracken(cello),

Roland Hanna(p), Charles Mingus(b),

Danny Richmond,(drms),

George Scott, Stick Evans(perc)

 

Gunther Schuller(conductor),

Max Roach(perc)(only trk 8)

 

 

【May 25, 1960 sessions】(trk 1-3, 5-7)

Ted Curson(tp), Jimmy Knepper(tb),

Eric Dolphy(as,fl,bcl),

Joe FarrellYusef Lateef(ts,fl), Booker Ervin(ts),

Paul Bley(p)(trk 1,3,5,7)

Charles Mingus(b),

Danny Richmond(drms)(trk 1-3,4,6,7)

 

Roland Hanna(trk 6)

Lorraine Cousins(vo)(trk 5)

 


Both Sessions we were recorded at Plaza Sound, New York City

 


チャールズ・ミンガスはジャズ史上、重要なベイシスト、作曲家、編曲家である事は間違いないと思いますが、いざ、歴史の中で語るにはとても難しいジャズマンです。

 

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その強烈すぎる個性故に、モダンジャズの枠には収まらない、チャールズ・ミンガス

 


その最大の要因は、彼がデューク・エリントンを大変に敬愛していた事によるところが大きいと思います。


本作はそんなエリントン愛を最大に爆発させたミンガスの傑作の一つであり、タイトル『バード以前』とはミンガスにとって、エリントンその人を意味するという事でしょう。

 

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エリントンもまた独自のサウンドを生涯にわたって追求していました。


バードこと、チャーリー・パーカーはほとんど独力でジャズをモダン化させた張本人であり、それを「ビバップ」と呼び、以降、ジャズ史に於いて、パーカー以前/以後が、ジャズのプレモダン/モダンにそのまま直結する事を決定づけた天才です。


ミンガスは世代的にもパーカーとも共演している、いわばビバップ世代の代表的な存在なのですが、その後のキャリアを見ると、ビバッパーとして活動してしていたのかと言うと、必ずしもそうとは言えず、むしろ、「ミンガスミュージック」を追求していた人。と言った方がよいでしょうね。


それはパーカーの同志的存在であったディジー・ギレスピーとも違うような気がします。


生涯にわたって、快楽的な興味の趣くままに活動していた、いわば、お祭り男のギレスピーは、いざ、トランペットを吹くとやはりそこにはビバッパーとしての矜持を感じざるを得ないのですが、ミンガスの演奏にはそういうものはあまり感じません。


ミンガスにとって最も重要なミュージシャンは、やはり、エリントンであり、彼の音楽の発展と継承こそが大命題だったのだと思います。


そのエリントンがコレまたジャズ史には到底収まりきれない困った存在であり、日本のジャスファンから未だに持て余される人でして(笑)、要するに、彼もまた「エリントン・ミュージック」を探求しているという点で、ミンガスと同じ存在、というか、エリントンを追求する事でミンガスはジャズ史でエリントンと同じく独自の存在になっていたのですね。


エリントンが自身のオーケストラによって作り上げたサウンドは時代によって違いはあるものの、そのダイナミックでゴージャスなスケール感を持ちながらも、どこかいわく難いエロチシズムとエレガンスをたたえていたのですが、ミンガスはそのダイナミックな部分を彼独自に発展させ、そこにミンガスならではのロマンチシズムが同居する、とてもユニークなものです。


そのサウンドのユニークさはバンド編成のユニークさにもハッキリと出ていて、テナー奏者が3人もいたり(ジョー・ファレルがいるのが驚きですね。どうしても1970年代の活躍がイメージとして強いので)、モダンジャズではほとんど出てこない、オーボエ、チューバ、チェロ奏者がいたり(チューバはモダンジャズではギル・エヴァンズくらいしか有名な人では起用してないですよね)、ピアニストに、なんと、ポール・ブレイがいたりと、ものすごく変わっています。


それ以外のメンツも恐ろしく個性的で、コレはミンガスのバンドの一貫した特徴ですね。


それによって作られるのは、ミンガス的としか言いようのない歪な美しさをたたえたサウンドです。


二曲のみエリントン 作曲でそれ以外はすべてミンガスの自作曲なのですが、なんといっても特筆すべきはエリントン ・オーケストラにおけるジョニー・ホッジスの役割を担っている、エリック・ドルフィーの圧倒的なソロです。

 


ホッジスのようなポルタメントやルバートを多用したテーマを吹いたかと思えば、アドリブになると、「マトモに狂ったパーカー」のように吹きまくる、4分30秒ほどのさほど長くはない演奏は、全体の白眉であり、これまではアンサンブルに徹し切っているのですが、突然ものすごい演奏が飛び出してきて、驚いてしまいます。

 

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ビバップを更に発展させようとしていたドルフィーは、1964年にベルリンで糖尿病の発作により、亡くなりました。

 


エリントン作曲は2つありますが(Take The A Train、Do Nothin’ Till Hear from Me)、それぞれどちらもエリントンの別な曲をカウンター・メロディーとして利用していて、単なるカヴァーは行ってません。


ブレイのピアノは後のスタイルはまだ確立してしてはいないですが、その硬質なタッチは、本作に不思議な味わいを与えています。

 

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ポール・ブレイはカナダ出身。アメリカでのキャリアの初期にミンガスと出会っていました。

 


最後の大曲はガンサー・シュラーを指揮に招いた、作曲優先の曲で、エリントンが目指すところと実は同じだったりします(ホッジスは楽しくソロを吹きまくりたい一つなので、エリントンがこういう事をやると明らか嫌がっていたフシがありますが)。


それにしても、こんなバリエーションが豊富な演奏を(ヴォーカルをフィーチャーした曲も2曲あります)たったの2日でやり遂げてしまう当時のジャズメンたちはものすごいですね、ホント。

 

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