mclean-chanceの「Love Cry」

はてなダイアリーで長年書いてきたブログを移籍させました。生暖かく見守りくださいませ。

こんな才能はもう出てこないでしょうね。。

Michel Petricciani『One Night in Karlsruhe』(SWR)


personnel;

Michel Petrucciani(p), Gary Peacock(b),

Roy Haynes(drms)


recorded at Begegnungszentrum “JUBEZ”, Karlsruhe, Germany, July 7, 1988


1980-90年代のジャズの最高の才能は誰なのか?にはいろんな議論があるかと思いますが、ペトルチアーニを除いて考える事はほぼ不可能でしょう。


ペトルチアーニの、明晰かつ強靭なタッチから繰り出される迷いのないピアノは、ジャズシーンに出てきた時から既に完成されており、しかも、それが先天的な骨の病気のために100cmにも満たない身体から繰り出されるというギャップは今もって驚きという他ありませんが、更に驚くのは、ベテランである、ギャリー・ピーコクとロイ・ヘインズの演奏がペトルチアーニの演奏に充分に答えきれていないという事です。

 

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写真からわかるように両手は成人男性の大きさに成長したため、ピアノを弾く事ができました。

 


ペトルチアーニの自作曲「She Did It Again」のペトルチアーニの自由闊達な弾きっぷりに、なんと、この2人が引っ張られるように演奏しているんですね。


コレは物理的に速く弾いているとか、そういう単純な事ではないものを感じざるを得ません。


ピーコク、ヘインズはモダンジャズに於ける大変な手練である事は、ジャズファンならば、誰もが知っているわけですが(ヘインズは、かの大天才、チャーリー・パーカーとの共演歴すらある、既に大ベテランです)、そんな2人が食らいついていくだけで精一杯なのです。

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もう相当なキャリアをこの時点で持っている2人を置き去りしてしまうというのは、脅威という他ありません。


この時期、キース・ジャレットとトリオを組んで、鉄壁な演奏を繰り広げていたはずのピーコクをこれほどまでに凡庸に感じた事はありません。


要するに、ペトルチアーニの才能が余りにも頭抜けすぎているんですね。


その意味で、本作はペトルチアーニの途轍もなさを記録したライヴでもあるのですが、それは同時に、ベイスとドラムズの演奏が彼の音楽にうまくマッチできてない事が冷酷に記録されているという事でもあるんです。


スタンダードを演奏している時はバランスが取れますけども、面白さが相当減衰してしまっていますね。


ペトルチアーニの本領はオリジナル曲であるようです。


ところで、クラシックでこんな暴力的な録音というのは、多分、あり得ないでしょうし、恐らく商品として販売される事はないでしょう。


しかし、ジャズというのは、しばしばこういうものすら商品にしてしまうところがあります。


それはジャズは、演奏というものを加点法で考えているからです。

 

多少ヨタったり、まずいところがあっても、ソロでいい演奏が入っていたら、それを積極的に評価しますね。


ある意味、ペトルチアーニの才気が走りすぎているのですが、むしろ、それが演奏全体をスリリングにおもしろくしていて、それがとりわけ、彼の自作曲で全開になるんです。


本作は、ジャズのもつ、些か暴力な側面をを記録した素晴らしいアルバムです。


ペトルチアーニのスタイルは、モダンジャズのオーソドックスなスタイルを踏襲したものですが、今後、このようなスタイルでこれほどの才能の煌めきを演奏から放出するピアニストは当分登場しないと思います。


ジャケットが何とも愛想がなさすぎ、また、ナクソスという、ジャズをそれほど専門にしているとは言い難いレーベルから発売されているので、なかなか手が出ませんが、ペトルチアーニの凄まじい才気が記録されたライヴ盤としてオススメします。

 

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ペトルチアーニは1999年に36歳の若さで病死しました。もともと長生きできない事は本人も自覚していたようです。